ベーシックインカム×MMT(現代貨幣理論)でお金を配ろう 誰ひとり取り残さない経済のために

作者の主張をまとめると「MMT理論を踏まえると財源に制限はないからベーシックインカムを支給する事でハッピーになろう、問題ないよ」ということだろうか。斬新な提示が多く自分の中でまとめながら読まないと理解が追いつかなさそうな本だった。また、反対意見を参照しながら読むべきだと感じた。

私は著者の意見を「税金は通貨発行権を持つ政府にとって資金調達の手段ではない。税金は政府支出で市場に流したお金を回収し物価(インフレ率)を調整をする手段だ。」と解釈した。

これに対する意見としては、

物価をソフトランディングさせる方法は分かっていない。MMT論者はインフレを抑えることができると言うだけであって、どうすればコントロールできるのか具体的な方法は示していない。

https://cigs.canon/article/20190725_5879.html

といったものがある。本書の中ではインフレを起こす財と起こさない財が語られている(MMT理論に則って資金調達手段としての税金の枠を超えてベーシックインカムを支給してもインフレは起きない)が、私には理論的な話は確認のしようがない。ただし、実際に起こったことは分かる。

本書において米国ではコロナショックの折、税金に依らずに景気刺激策としてお金を配ったことが、税金の裏付けなく政府が支出を行えることを示しベーシックインカムが実現可能であるという根拠として示されているが、結果としてインフレが起こった。(インフレ率を直接コントロールすることは出来なかったが、市場を睨みながらの金利の調整によりソフトランディング自体はある程度上手く行っているようだ。)これは例だが、理論的な説明をしているようでアレ?と感じることが含まれるので検証しながら読み進める必要があると思われる。

税金は資金調達ではなくインセンティブ(贅沢品の購入、ピグー税)のために利用されるべきだ、との意見も紹介され筆者は最低限の生活保障のためのベーシックインカムを支給することを主張している。また、「名刺実験」(ある家庭で行われたお手伝いの対価として貰える名刺でゲーム等の娯楽品を使用する時間を交換する)により、ベーシックインカムによっては労働意欲を失わないことを説明している。

これについても実社会における仕事と家庭内でのお手伝いを同一視することは出来ないと思う。もちろん、それが出来るくらいに労働環境が改善されていけば素晴らしいことだが。少し楽観的と言うか理想論だと感じた。

ただ、人々に「幻想をもたせる」という視点が必要であることには強く賛成したい。1分間ピケティでも似たようなことが書かれていたように思うが、人間は共同幻想のもとに社会を作る。庶民には希望が必要だ。大いに幻想を見させてバブル期を知らない我々に熱狂を教えて欲しい。

それはそうと、このベーシックインカムが支給される世界において物価と支給額はどのように決定されるのだろうか。金銭の対価として支払われる剤やサービスはどのように準備されるのか。効率を向上させることが供給の問題を解決するように描かれているが、どういったメカニズムで需要と供給は安定するのか。(現状のセーフティネットはもとは税金という他の社会構成員の労働をはじめとした生産活動の結果の対価として受け取ったものを再配分しているに過ぎないが無から有を生み出した場合どうなるのか。)最低限の生活が保証されるとすると勤労意欲はなくならないにしても減少することは現時点では確からしいことに思われるが、それは需要の低下に繋がらないか。また、貧困により余計なコストが発生していることが述べられているが最低賃金の引き上げではその問題は解決できないのだろうか。

入門書のようなライトな内容の本だから仕方のない部分もあるがあっさりしている分説明が不足している箇所が多いように思われ、疑問噴出して理解が進んでいかない。

しかし、MMT理論には一緒くたに出来ない部分があることは察した。MMTに対して理解が不十分なままで言うのはおこがましくも感じるが、私は筆者の言うMMT理論を基にしたベーシックインカムには反対だ。貧困のない社会を志向する点では共感するが、彼の描く社会は議会の権限が強すぎる。強すぎる権力には問題が付き纏うことは歴史を見れば分かる。現金給付を受けた人々が必需品から購入していくというような認識にも同意できない。例えばアル中患者はベーシックインカムが支給されてもアルコールを買ってしまい支援が必要な状態にあり続けるだろう。これは極端な例だが、私も含め人々はそんなに賢くない。

第一、カオス的な部分を含む経済を人間の理性の力で制御することなど出来やしないと思う。そこに恣意性を持ち込むのは危険だと考える。人間の思考が予想できない以上、その集合体である社会の動きを予想することは出来ない。そうなると因果関係を掴むことが出来ないし未来も予測のしようがない。せいぜいが生命表に代表される人の寿命や人口動態のような人々の判断にあまり左右されない絶対的な制約がある場合において妥当性ある予測が立てられるくらいだろう。このような事情の中では不完全ながら基本部分は神の見えざる手に頼りセーフティネットを整備していくのが現時点の最善ではないか。

読了してもMMTやベーシックインカムについては何とも言えないというのが正直な感想だ。MMTについてはMMTが達成された社会が成り立つメカニズムについての説明がほぼないし、ベーシックインカムについても富の再分配の一形式として考慮の余地があると思うが他の選択肢との比較検討がないため自分の意見を持つに至らない。

そうは言っても読む価値のない本だとは思わない。税金は資金調達の手段ではないという発想は目新しいもので刺激を受けた。私はこの薄さで語り口の優しい当書でなければMMTを知ろうとすることはなかっただろう。自分は頭が硬いかも、と思わせてくれるのも良い。

計画経済的香りもする話で同調ばかり出来るわけではなかったが、そういった感想を持ったことも含め”面白い”本だった。

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