少し”優れた”凡人は幸せである

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活躍したスポーツ選手や東大生等天才たちの親の子育てはよくメディアで取り上げられる。やれくもんだ、やれモンテッソーリだと話題に事欠かない。

これらが大きく取り上げられそこかしこで聞かれるようになると、それをやらないと我が子が取り残されてしまうように気になる。

世の中、我が子になるべく高い能力を備えて欲しい、身に付けさせたいと思う親御さんも多いだろう。私もうっかりすると教育に熱心になる過ぎそうになる。

しかし、冷静に考えると凡人でも十分に幸せに生きていける。イプソスグローバル「幸福感調査」によると日本人の57%は自分を幸せだと感じているのだから。

幸せな人が57%というなら、知的能力や運動能力が平均やそれ以下の人も含まれる。

つまり、(当然だが)幸せを感じるのに必要なのは高い”能力”を備えることではない。

とは言え「衣食足りて礼節を知る」という言葉があるように、経済的に困窮していながら幸せと感じるには高い精神性が要求されるだろう。

だから、特別優秀でなくても”食っていく”ために必要な能力を身に着けさせるのは親の務めであると私は思う。

最近、来年小学生の我が子に算数の問題を出すと思うように答えが返ってこない。(私よりは物覚えが良さそうなので難しい問題を出し過ぎているかも知れないが。)

だが、それがどうした!まだ幼稚園児ではないか。出来なくて当たり前である。小学生になって学校の勉強に躓いたら助け舟を出せば良いのだ。

ネットには天才児エピソードがゴロゴロしているので惑いそうになるが、本当に惑ってはならない。

ただ、個人的には苦労(失敗ではない)はあまりさせないようにしようと思っているので、学校の勉強はしっかりさせて少し優秀程度の位置はキープできるようサポートするつもりだ。

それでも今凡人の私が幸せに暮らしているのだがら、落ち着いて元気で居てくれたらそれで良いと思っている事は忘れないようにしたい。

自分に対する戒めの記事でした。

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